心理師 有園 URL引っ越しました

ブログでは、精神・心理だけでなく、ネットで共有したい情報を幅広く載せています。 仕事では、都内の精神科診療所と私設相談室の2ヶ所に勤務しています。ブログでは、病気など個別の相談はできません。m(_ _)m

小林亜星さんは、多くの名曲を作ってきた。
特に、昭和のアニメのテーマソング、CMソングで、誰もが聞いて耳に親しんだ作品が、ごまんとある。
俳優としては、「寺内貫太郎一家」1974年の主(あるじ)の役が、インパクトが強かった。
このドラマは、向田邦子さんという昭和の名脚本家の一人が脚本を書いた。
役者さんも、西城秀樹さん、加藤治子さん、樹木希林(悠木千帆)さん、伴淳三郎さんなど、それぞれが味わいのある存在感を醸しだしていた。
このドラマ、オープニングタイトルの絵は、横尾忠則さんが描いていて、当時の才能が集まったドラマであった。

向田さんが1981年、飛行機事故で亡くなった後、お正月に、彼女の作品を用いたドラマ「向田邦子新春シリーズ」が、久世光彦さんの監督で作られて、放送されていた。そのテーマ曲は、小林亜星さんの「過ぎ去りし日々」で、味わい深い。



CMソングも、名曲はたくさんある。
サントリーのウイスキーの曲「夜が来る」。
ギターで、マイナーなメロディ・・・哀愁をそそるところが、昭和の夜だな。


CMソングでも、アニメのテーマソングでも、小林亜星さんの曲には、ドラマが感じられる。
短い時間の中に、聞く人に、イメージが膨らむような光景を、曲を通じて伝えることが、とてもうまい作品が多い。
伝える曲風も、音楽のジャンルにとらわれず、世界のいろいろな音楽を取り入れて、幅広い。
ブリジストンタイヤのCM「どこまでも行こう」
この曲の歌詞も、シンプルなように聞こえて、すごく意味が深い。




昭和の時代、テレビを見て育った人たちは、小林亜星さんの曲と知らなくても、聞いて、覚えてしまっている曲がたくさんあるはずだ。
これは、当時、テレビを見ていた人の情操、感受性、そして生活を豊かにしてくれていたのだと思う。

ちなみに、ドラマ「寺内貫太郎一家」は、YouTubeで検索すると、第一話はこう。
太ったお父さん役が、小林亜星さん。当時41歳。
今の時代となっては、家庭内の暴力が問題となりそうだが、当時は、そういう時代だったんだな。





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自宅のギターを掃除した。
20歳前後の頃は、バンドをやっていた。最後に属していたのは、Varieteだが、レコードを出す前に辞めてしまった。後のヴォーカルの有近さんが加入する前。

20200824guitar01私のエレキは、Fender Japanのテレキャスター。
エレキは、これ1台あれば、事は足りる。
買ったのは15年くらい前かな?でも、思い出すと、これでライブは・・・というほどでもないけれど、ブルースのセッション大会に出たくらいだったことに気づいた。あとは、貸スタジオで、こじんまりと知り合いとセッションの程度。( ;∀;)

20歳頃、バンドをしていた頃は、メンバーと一緒に曲を作りながら、メロディやフレーズのアイディアを出すことは好きだった。
あと、当時、エイドリアン・ブリューさんのギターが好きで、エフェクターや自作のギターシンセを使って、変な音を出していた。
でも、一般的な演奏者としては下手。ソロでもリードでも、ある程度できても、早弾きなど指が固くて、動かない。
当時は、音楽の基本もよく知らなかったし、今は歳をとって、演奏のミスも増えた。

20200824bass01ベースは、IbanezのSDGR。
表面がカビ?なんか汚れていたので、拭き掃除。
だんだん黄ばんできたな。
ベースは、誰かと一緒に弾いたことすらない。

後になって思うと、20歳くらいで、ベースが見つからなかったときに、代わりに弾いていればと思ったけれど、若いときは、そういう融通がきいた考えができないもの。
ドラムは、大学時代、代わりにたたいたことがあったが、あまりの自分の下手さに、以降、トラウマのように苦手意識が染みついてしまった。

ビートルズのポールは、元々、ギターリストだったのだけれど、ベースがいなくなったときに、ジョンに言われてベースに転向したらしい。
でも、それが成功した。
レッドツェッペリンジョン・ポール・ジョーンズも、ザ・フージョン・エントウィッスルも、器用で、いろいろな楽器ができる人だ。

アコースティックギターは、2011年11月のブログで紹介したもの。弾きやすいけれど、安物なので、音はそれなりだ。

20歳前後の頃のバンド仲間のうち、何人かは約30年たって再会できた。感謝。

たまに、誰かと一緒に、セッションしたいなとか、ちゃんと曲を作りたいなと思うのだけれど、今は、カウンセリングの仕事や原稿書きが優先なので、後手後手に。
新型コロナのせいで、スタジオを借りるのも、医療従事者だから、少し意識してしまうし・・。



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人は、それぞれ人生のどこかで難しい課題に出合うことがあるのだろうと思います。

課題というのは、非常に幅広く、病気、障害、事故、災害、貧困、受験、トラブル、いじめ・・・
自分で選べないで、降りかかってくるケースもよくあります。

私は、40代で、いろいろな障害をもった方・家族への福祉の仕事をしていた頃、より実感しました。

子どもは、生まれてくる身体、環境、家族を選べません。
そこから既に課題が、始まっています。
幼少の頃は、ご飯を食べる、トイレで用を足すにしても、一人で行えず、難しさがあったはずです。親・養育者、学校の先生などの支援があって、そのときどきの課題に取り組んでいくものです。

いじめや嫌がらせに出合えば、それにどう対処するかが、課題となります。
しかし、このような相手がいる課題では、信頼できそうな人に相談することは大事ですが、それでも、うまくいかないことがあります。
その場合、体や命を守るためには、そのような集団や学校を休む、辞めることも「あり」の場合があります。

小学校から高校生くらいまでは、同学年の他の生徒と、同じ課題に取り組むことも多いわけです。
しかし、子どもの頃でも、課題の個人差はありますし、大人になれば、さらに個人差は大きく、人それぞれになります。

学校の卒業→就職→結婚→子育て→子どもの就学→卒業・・・
が、世間で、よくあるコースとされています。
しかし、何らかの理由で、そういうコースに進まない人、
一時は取り組んだけれど、目標通りにいかなかったという人もたくさんいるわけです。

同世代で、個人差の幅が目立つのが、今の日本では概ね30、40代です。
もちろんそれ以外の年代で、大きな問題に出合う人もいます。

大事なことは、人生の課題が、一人一人違うことです。
人の価値観だって、異なります。
レースに例えると、スタート地点も、乗り物もみんなバラバラなわけです。

たとえば、キリスト教の結婚式で
「健やかなるときも 病めるときも 悲しみのときも 富めるときも 貧しいときもこれを愛し 敬い 慰め遣え 共に助け合い その命ある限り 真心を尽くすことを誓いますか?」
というのは、この先、どんな課題があろうと二人で乗り越えていく誓いです。
しかし、結婚後、夫婦で課題への取り組み方が大きく異なってしまえば、離婚するのも無理のない話です。

うまく行っていそうに見える人、活躍している人を見れば、うらやましく思えたり、自分を卑下したりという考えが自動的に思い浮かんでしまうものです。
私の場合、30代は、いろいろな困難を抱えていた時期で、当時は、他の同級生が、活躍して、結婚して、家庭をもつのをうらやましく思っていました。
ただ、それ以上、人と比べても、ろくなことはないので、それを止めるようにしました。

そんなことを考えても、自分の現状は変わらないので、地道にリハビリ、ある程度、回復したらアルバイトなど、当時の課題に取り組んでいたわけです。
毎日、近所の散歩をリハビリにしている人を見かけますが、それと似たようなことを、30歳頃の私はしていました。
法に触れることをしたわけでもないので、「人にどう思われるか」という考えも相手にせず、昼に近所を歩いたり、自分の課題を少しずつしていました。
(ただ、社会復帰した30代後半から40代は、多少外見を気にするのが戻って、コンタクトに変えたり、増毛法を試したりということはあったのですが・・(ノД`)・゜・。)

世の中、家族内のもめごとの悩み、借金の返済、罪の償い・・・あまり表ざたにしたくない難題を抱えている人もいるものです。
現代なら、新型コロナのために、昨年までは予想もしなかった事態に困っている人も多いはずです。

誰にも見られるでもなく、人知れず、地道に取り組んでいる人はいるはずで、想像するとすごいなと思います。

新型コロナのせいで、今年は、ほとんどのお祭りやイベントが中止になっていて、地元で地道な日常をすごしている方がほとんどでしょう?
人の人生だって、華々しいことがなくても、むしろ比べることを止めることで、見えてくるものってあるものです。
それが何かは、比べることを止めてからのお楽しみです。(笑)

2020080angel
15年以上前に描いた絵。
そのジークレー版画を、相談室に飾りました。
「あなたにも光が差し込みますように」




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20200817ari00今日は、運転免許の更新。
府中の運転免許試験場は、新型コロナの入場制限で、始めは並んだけれど、後はスムーズ。
約40年前に、最初に、免許を取って、次の更新のときは、大学の友人と来た。
その頃は、センターの周囲の代書屋さんで、免許証に書き込む文字を和文タイプで打ってもらうシステムを知らなくて、手書きの文字の免許になってしまった。その大学の友人と、「きたね―免許だな」と笑ったけれど、当時の若者は、車を運転するっていうのが、かなりトレンドだったからね。
免許を取りたての頃は、友人同士で、レンタカーを借りて、ドライブしたりしていた。
その後、運転免許試験場は、免許の更新のたびに、システムが変わっていった。その間に、周囲の写真やタイプの店は、廃業していった。

20200817ari03今日は、自転車で行ったので、次に、隣の武蔵野公園に寄った。
府中市、小金井市、三鷹市の境界あたりになる。
野川沿いで、キャンプやスケボーしている
人たちもいたけれど・・・暑い。

20200817ari01
その隣が都立の野川公園
ここのは、昭和の頃は、国際基督教大学(ICU)が経営してたゴルフ場の跡地。
バーベキュー用の場所もあって、昔、精神障害の施設の職員だった頃は、度々、来ていた。
当時の三鷹は、市内の福祉団体と連携して、いろいろなイベントがあったから。

20200817ari02ここの屋根のあるベンチは、以前、野宿者の人が寝場所にしていた。
ソーシャルワーカーだった頃、支援団体に参加して、
夜、見回りに行った。
冬は、ものすごく寒かった。
当時、別の公園では、凍死した人もいたから。

今年の夏は、コロナと猛暑のせいで、遠くには行かず、近場に、たまに行く程度。
久しぶりの場所に行くと、いろいろなことを思い出す。



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1971年のテレビコマーシャルで、当時の多くの人の耳に残った歌を思い出した。

検索したら、モービル石油のCM♡


「気楽に行こう」という曲で、歌詞がいい。

作詞・作曲 マイク眞木さん!
歌詞の一部--------------------------
気楽に行こうよ 俺たちは
あせってみたって 同じこと
気楽に行こうよ 俺たちは
何とかなるぜ 世の中は
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
名曲だな。
昭和の時代は、コマーシャルソングの名曲も多かった。

CMも、立ちションの場面など、今なら倫理的に問題となりそうな内容である。
そして、赤白のTシャツの鈴木ヒロミツさんが、水筒の水をほとんど飲んでしまっても、サングラスの相棒は、なんだかんだ車を押し続けるんだな。
こういう「なんだかんだ」が大事よ。こんな相棒でも、一人で車を押すよりかは、必要な人材。

このCMが放送された1971年、昭和46年はフォークソングが流行っていた頃で、それまでのきちんと、真面目、固い、上下に厳しい封建的な社会に対して、もっと力を抜いて自由に生きようというようなメッセージが漂っていた時代だ。
この前後の時代は、アメリカでは、公民権運動やベトナム戦争反対の曲も多かった。

現代でも、カウンセリングの仕事で、緊張や不安が強い人に出合うことが多い。
私自身だって、どちらかといえば緊張しやすい性格だ。

新型コロナで、この先どうなるのか不安や警戒感が募る人も少なくないだろう。
今年は、なかなかこの歌のような心境にはなれないご時世ではある。
だけど、精神衛生的には、神経を張り詰めてばかりいないで、時にはゆるめられる時間をもつことも必要である。
感染対策が必要な場所ではしっかり行っても、感染の恐れのない自宅などで、くつろぐ時間はあった方がいい。


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1.紹介
OCDサポートのwebページ

健康・リハビリ>1.ストレスによる不調と対処
を修正しました。
精神的なちょっとした不調は、誰しも経験するもので、多くの人に見ていただきたいページです。

そのページで、ストレスに関連して現れる不調・症状の例>体・感覚:として、
「周囲からの音、人の声に敏感になってしまう」の部分も加えました。
どの病気とは言えない段階での話ですが、精神科の病気の診断基準を参考にして、載せています。


2.気になる音の例
音が気になってしまう症状は、いろいろな精神疾患の患者さんで、経験する人がいます。
近隣の窓やドアを閉める音、自動車の音、排水の音・・・
などが、以前よりも、耳障りに聞こえ、避けたくなってしまう場合です。

また、近隣の人の出す音や他人のペットの声が問題になったり、
公園や保育園のそばに住んでいる人が、子どもの遊ぶ声に神経質になってしまう
ように、人がらみの音が気になる人もいます。

人がらみだと、同じ職場など近くにいる人の、
鼻をかんだり、咳払い、食べているときの噛む音(くちゃらーとかいう人もいます)が、気になる人もいます。

人がらみの音が気になりだすと、人によっては、
「わざとやっているのでは?」「嫌がらせか?」という疑念が頻繁に思い浮かぶようになると、精神的な負担も増していきます。このような思いが過剰になると、病的に進行する可能性もあります。

あと、人間関係で厄介なことは、音に限らず、他人に苦情を伝えると、逆に反感を買われ、トラブルになってしまうこともあることです。
他人から注意をされれば、誰しも、何らかの嫌な感情が伴うものです。
嫌悪、恥ずかしい、怒り、うっとうしい・・。
そのような感情を処理するには、理性的な面と感情的な面とを調整するという精神的に難しい作業をします。脳の前頭前野が主に働き、調整するわけです。
そこで、自我・超自我という道徳的と感情・欲求とのバランスをとる働きがうまくいかないと、感情的になったり、事実に反して相手のせいにしたりという反応をしてしまう人もいます。そこで、激高して、暴力的な衝動のままに行動してしまう人も世間にはいるわけです。


3.症状のしくみ
通常、まったくの無音なときは、あまりなく、何らかの音がしているものです。
エアコンなど機械の音、外の自動車の音、近隣の家から出てくる音・・・。

これらの音は、多くの人が、聞きたい音に注意を向けたり、そらしたりという聴覚のコントロールはある程度できるものです。また、症状を持つ人でも、発症前は気にしていなかった時期がある人も多いものです。
202007026eleたとえば、「エスカレーターはどんな音がしますか?」と聞かれて、思い出せますか?
通常は、乗っても音を気にしませんし、記憶に残らないと言うことは、その音は、脳の中で自動的に重要でない情報として処理されているからです。

しかし、このような音への注意の選択が、何らかの要因によって、うまく働かなくなってしまうことがあります。
一過性で済めばいいのですが、そのとらわれが続き、精神症状となってしまうと厄介です。
また、次第に、抑うつ、妄想、強迫などの他の精神症状が、出没してくる人もいます。

聴覚の問題は、耳に問題がある場合と、脳の中の認識や注意の働きに問題があるパターンとがあります。
発達障害のような先天的な要因による感覚過敏や、注意のコントロールがうまくいかないケースもあります。
しかし、後天的に、嫌な音を排除しようとして、よけい気になってしまう症状の人もいます。
音源から離れることはできても、なくすことは難しい場合が多いです。
しかし、脳の中では、気にしたり、なくそうとすれば、いいものでも悪いものでも、その人にとって重要な情報と位置づけされてしまうので、かえって意識に上りやすくなってしまいます。
これは、脳の辺縁系(リンク先;Akira Magazine、立体図あり)と言われる部位が、主に関連すると考えられています。リンク先の立体的な図で見ると、耳の奥の内耳のすぐそばです。
そうすると、今までは、不要な情報、感覚として無視できていたものが無視できず、流せなくなってしまうわけです。


4.HSPや対人恐怖のこと
この頃、感覚過敏な人をHSPと呼ぶこともありますが、精神医学の診断基準で正式に採用された言葉ではありません。実際の音の大きさ(デシベル)や高さ(ヘルツ)は、物理的に測定できます。
しかし、このような症状では、他の多くの人が騒音と感じない範囲まで支障に感じてしまう、脳の中での認識のしくみの問題なので、定義していくことが難しいです。
半年くらい前に、少し文献を調べましたが、難しいなと思いました。
逆に患者さんから見れば、他の人に話しても、わかってもらうのが難しいということになります。

また、「他人にどう思われているか気になる」という疑念にとらわれてしまうタイプの人も多いです。
これが高じて、なかなか改善しないと、対人恐怖や社交不安症などと診断されることがあります。

HSP、対人恐怖などの言葉を検索して知ると、自分に当てはまると思う人も多いだろうと思います。
しかし、そのような症状の背景に、発達障害(と診断されなくても、いくらかその傾向がある人もいます)や、複雑性トラウマのような子どもの頃の虐待体験が影響している場合など、いろいろなケースがありえます。そのため、対処となると、ネットや本だけでは情報が限られるので、専門家を探すことになるのではと思います。

このようなテーマも、OCDサポートのサイトに載せようかと思いますが、まだ私の理解も中途半端で、いつになるかは未定です。


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TBSドラマ「半沢直樹」の新シリーズが放送されるとあって、スポニチに「香川照之は監督に言った「土下座はしたくない」 台本のわずか一文が20分超 伝説シーンの舞台裏」という記事が載っていた。
大和田常務役を演じた香川照之さんは記事によると、「僕は“土下座はしたくない”と監督に言ったんですね。僕が知ってる大和田のような人は、絶対に土下座はしませんよ、と」言ったそうだ。

香川さんの分析は、優れていると思う。
2013年放送の「半沢直樹(全10話)」での大和田常務について考えてみる。2020年放送の続編では、キャラクターが少し違ってしまった部分が見られたので、異なると思う。

大和田常務は、自分が行ったことが、どんなにばれても、自分の否を認められない、他者に謝ることを極端に避けるタイプだと思った。
そういうタイプでも、普段のちょっとしたこととか、相手が自分の崇拝する人なら、「すいません」という人もいるが、自分にダメージが加わる重大な過ちほど、謝ることはない。

ドラマでは、大和田常務が若い頃、金沢支店にいて、半沢直樹の実家の半沢ネジも担当していた。そこで、お父さんの会社は大変なことになるのが、この物語の発端である。ドラマで、半沢直樹が東京で大和田常務と会った際、金沢でのことを聞くシーンがある。大和田常務は、半沢ネジのことをどの程度、覚えているのか、よくわからなかった。
ただ、一般には、このタイプの人は、自分にとって都合の悪い過去は、聞かれても否認するか、もしくは本当に覚えていないか、自分に都合のいい記憶と解釈にすり替わってしまっていることもあり得る。その人の記憶がどうなっているかは、他人には見えないので、判断が難しい。

ドラマの大和田常務は、大銀行で出世した人なので、社会のこと、人々の人間関係を、実によく把握している面がある。しかし、物事の判断で、自分が有利になることが中心となり過ぎる
相手の立場になって考えて、相手がどれほど嫌な思いをするか、それを想像して共感する能力がどれくらいあるかは、個人差が大きい。
他者とうまくやっていくためにカギとなるのは、他者に共感する能力である。

状況を広く把握できているが、他者への共感する感性が少ないタイプの場合、他の人なら躊躇するような売り込み方、会議で提案を押し通してしまうことが大胆にできてしまう人もいる。そのため、案外、組織の中で出世してしまうことがある。おまけに、損得に敏感なタイプなら、銀行の仕事は向いているかもしれない。
ただ、こういう人が、トップや上司に君臨した組織は、大企業であれ、小さな部課や組織であれ、部下や関わる人たちが大変である。

また、大和田常務のようなタイプは、社会の表面的には、仕事ができるし、肩書や年収がすばらしいので、好ましい人物と思われていることもある。
そして、お金であれ名誉であれ、欲望には忠実なので、プライベートでも異性に対して、自分がほしいと思った相手をゲットするのは、うまいかもしれない。しかし、結婚した後に、相手が、徐々に外面と内面とのギャップに気づいていってしまうことになりがちだと思う。
大和田常務の奥様は、アパレル会社の棚橋社長として登場する。彼女の会社が経営難に陥ったときに、借金をむやみに行い、街金にまで広げてしまった。棚橋社長も、実際にいそうな設定で、よくできたドラマだと思う。大和田常務は、金沢支店に赴任していた頃、棚橋社長との結婚はどうだったのだろうかと思った?
普通の女性では、大和田常務の妻を続けるのは大変で、もし続いたとしても表向きは大銀行の重役の奥様でも、内面的には違う仮面の夫婦を演じてしまうことになりかねないと思う。

ドラマを面白いと思うファンも多いだろう。
ただ、主人公の半沢直樹やその同期の仲間は、いじめのような画策に出合うし、強い口調が交わされる場面もある。そのため、ドラマを見る人の中には、つらく感じてしまう人もいるかもしれない。

また、2013年放送の最終回の大和田常務の土下座は、しない方がリアリティあったと思う。
しかし、物語としては、土下座をするという約束を果たした方が、すっきりする。フィクションのドラマだし、多くの人に伝わることを考えると、こういう結末でよかったと思う。
そして、2020年放送の脚本は、こうしたリアリティよりも、ドラマとしての面白さの方により傾いてしまったと思った。

 「やられたら、やり返す」だと、戦争のようにラリーがその後も続いてしまいかねない。
「やってしまったことは、償う」の方が人の道にかなっている。




注:他者への共感能力が、極端に乏しいタイプを、サイコパスと呼ぶこともあるが、これは診断基準で、正式に認められた用語ではない。また、ドラマの大和田常務は、社会に非常に適応できている部分もあり、サイコパスに該当するかどうかはわからない。


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英語を話すのが、まだ苦手な私。
以前、ブログにも書いたように、2012年に初めての海外旅行で、シカゴに行ったときに身につまされた。

この頃、YouTubeで、英会話について検索していたら、クリスの部屋(Chris Room)「日本人に教えたい!英会話の学び方」を知った。



この動画の7:30頃、クリスさんは、心理学を用いて、英会話の最中に、うまく話せなくて、「恐怖が現われたときに、あなたの自信はめちゃ減るよね」「怖くなると、英会話の能力が落ちちゃう」と話している。
12分頃:英語を、話す、聞く、読む、書くの能力のうち、「俺なら、話す(Speaking)のメンタルな部分から始める」と言っている。「英語を話すときは、メンタルにフォーカスしよう」
15:30「緊張してる自分に気づく習慣」

クリスさんが、言っていることは、心理学としても的を得ていると思う。

恐怖が強いと、脳の中で情報のやり取りがうまくいかなくなる。
極端な場合「頭が真っ白になる」。


日本語でも対人恐怖の人は、それに似た状態になってしまい、緊張していなければ、思い浮かぶ会話も、うまく出てこなくなる。なんて話したらいいか、戸惑ってしまう。

私は、2012年以来、Speakingが、恐怖の対象になってしまっていたわけだ。
クリスさんは、恐怖には嘘が関係していると思うと言っている。
私が、アメリカで感じたのは、会話がなかなか思い浮かばず、続かないと、相手がその場を去ってしまったり、頭の悪い人と思われそうで、それは避けたいとか、この場をうまくやりすごしたいという思いだった。当時は、自分では気づかなかったが、おそらく私の表情も緊張していて、相手が会話を長引かせずに去ったのは、それなりの配慮だったのかもしれない。

何か月か前、オンラインでの英会話や旅の話をするミーティングに参加したときに、ある人が、タイなどアジアの言葉を勉強しているときは、現地の人はすごくやさしいと言っていた。その点では、英語を学ぶのは難しいと思うと言っていて、私は、同感だと思った。英語は、国際語みたいな扱いなので、話すのが苦手な人にそこまでやさしくない。
相手が、やさしく寛容に応じてくれれば、こちらの緊張も減るわけである。
その人は、アジアの各地に住んで、働いた経験がある人で、今でも、アジアのある国に住んでいる。

その後、アメリカには2回、行って、短い文なら、割と話せた。
ときには、ギャグもかました。
しかし、わからない単語や、ちょっと長い言い回しに出合うと、まだしどろもどろ癖が残っている。
長い言い回しでも、文法的には、中学・高校で習った程度で、ほぼまかなえるそうだ。
ぴったしの英単語が思い浮かばなくても、簡単な単語に置き換えて話せばいいのだが、その間に、緊張で、しどろもどろになっていたんだろうな。
私は、普段のカウンセリングで、恐怖や不安感が強い患者さんの治療は、得意なはずだが、自分のこととなると、後回しというか・・・。(-_-;)

リスニングについては、「家に居ながら英語のリスニングを徹底マスターできる方法を紹介します」で、1つの動画を、ていねいに見ていく方法を提案している。



というわけで、最近は、YouTubeでIOCDFというアメリカの強迫性障害の団体の動画のうち1本を、少しずつ見ている。
私の場合、聞くのは、話すのに比べたら、かなり楽で、だいたいの意味は分かる。
あとは、YouTubeの字幕を使っていて、これによって、以前なら聞き飛ばしていた単語が、なんだったのかがわかるようになった。字幕のボタンは、2020年4月の当ブログで紹介したもの。



*当ブログで、英会話関係の記事は、カテゴリー「文化・語学」に分類しました。


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神田神保町は、本の街とともに、おいしい飲食店も多い。
私の勤務先のももこころの診療所があるので、週2日は昼食を食べたりする。
今年の新型コロナウイルスの感染問題が影響したのか、この頃、飲食店の閉店が目立つ。

酔の助は、診療所のすぐそばで、よくドラマなどの撮影が入っているのを、目にした。
私自身は、店に入ったことはなかったが、既に建物を解体している。

202000707jinboすずらん通りのキッチン南海は、閉店ではなく、今後、場所を変えて営業するらしい。(*7月29日新店舗で営業開始
カツカレー発祥の店として、古くからあった。行列ができる洋食の老舗である。最終日は、夕方まで神保町の交差点付近まで、長い行列ができていた。
デイリー新潮に社長さんのインタビューが載っていた。
診療所に勤務してからは、しばしばランチに寄っていた。この店は、混んでいるが、店員さんの感じもよかった。私が、予備校時代にもあったはずだが、入った記憶がない。
202000707jinbo02
その向かいの餃子のスヰートポーヅも閉店。




20200707jinbo02そして、そばの嵯峨谷神保町店 も6月末で閉店していた。
ここのなす天おろしそばが、好きで、仕事の終わりに寄っていたのに。
(*2020年10月に営業再開したそうです。

新型コロナウイルスの感染者数が、東京都内では、この頃、また上昇傾向であるが、飲食店、旅行業など、経営に響いているお店や従事する方々は少なくないのだろうなと思う。

飲食店の皆さんに、感謝。
私とて、自分のところの経営で精いっぱいだから、大したことはできないが、なるべくいろいろなお店に寄りたいと思う。



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